“第一高等学院”は現代社会において必要不可欠な存在
子供の話をじっくり聞くことが大切な仕事
第一高等学院・仙台校は、仙台市中心部のオフィス街にあります。何らかの理由で高校を卒業できなかった子供たちを対象にした「高校卒業資格」を取得し、更には次の希望進路をサポートするための教育施設として活動しています。
廣川大介さんは、同学院内で英語教科を担当する主任講師。日々生徒たちの授業にたずさわりながら、教育相談担当・心理療法カウンセラーとしての活動も行います。
「例えば、在学する生徒たちの悩みなどの相談に対応するほか、入学を希望する子供・保護者の方々の相談なども行っています」と、自身の仕事について説明する廣川さん。同校には毎月20〜30件もの入学・転校の問い合わせがあり、それらの生徒や家族などに、学校方針の説明等はもちろん、生徒たちの入学動機や悩みなどを聞くことが、廣川さんの大切な仕事となっています。
この時に大切なのが、まず子供たちの話をじっくり聞くこと。子供たちの現在の状況を受け入れ、認めながら会話を進めることが重要になります。
「当校に興味を持ったということは、子供たち自身が“今の状況をなんとかしなきゃ”と思い立って起こした行動のはず。それを正しい方向へとサポートすることが、自分の大切な仕事です」と語る廣川さん。面接したすべての子供たちに“あなたの人生はもっとすばらしいものだ”ということを気づかせてあげたいとの強い思いを持ち続けながら、常に生徒たちと接するように心がけているそうです。
より子供たちの悩みを手助けする仕事へ
廣川さんは山形県の小国町出身。高校卒業後は東北大学教育学部へと進学しました。高校時代は人と接することが得意ではなく、故郷からあまり離れた場所へは行きたくなかったと笑います。
「もともと小学校の先生になりたかった」と廣川さん。これは小学校の頃に教えて頂いた恩師の影響が大きかったそうです。
「とても気さくな男の先生でしたが、いざという時には厳しく、また的確な対処ができる先生でした。時には命の大切さなどを真剣に説いたりしてくれましたね。今思えば“こんな先生になりたい”というよりは“こんな人間になれれば”との思いの方が強かったかもしれません」
大学に入ってからは、特に“教師”という職業にはこだわらず、人に何かを教える職業に就きたいと考えるようになっていきました。大学卒業後は学習塾に就職。2年ほど前まで塾の講師として子供たちに勉強を教えていました。
「塾の講師を辞めてからは、ますます子供たちに何かを教えたいという思いが強くなりました。子供たちと直接、接することができる現場での仕事を探していたところ、たまたまのご縁から第一高等学院へお世話になることになりました」
充実した毎日を送っていると語る廣川さん。今の仕事で一番大切なのが「目標をもって勉強をすれば、“自分の将来はこうなれる!”というビジョンを示すこと」だとコメントします。
第一高等学院の場合、いろいろな理由で全日制高校に通えない生徒たち在籍しています。これからの生き方や将来の目標などを定め、生徒たちと一緒になって考えていくことがもっとも重要なことだそうです。
「塾に勤めていたとき以上に、子供たちに真剣に向き合っているような気がします。毎日が気の抜けない、本当に大変な仕事をしているのかもしれませんね」と、廣川さんはほほ笑みます。
生きていくために必要なことを学ぶ
第一高等学院には、現在200名以上の生徒が在籍中。それぞれの目的によりコースが分かれており、通信制高校の勉強をサポートする高校コースや、高卒認定(旧大検)を取得するための高認コースのほか、大学・短大・専門学校・各種資格試験取得の為の進学コースなどを設定しています。同校では、生徒自身が必要な授業だけを受けることができる「オーダーメイドプログラム」を導入しており、無理なく自分のペースで学習することができます。
「当校の良い点は、生徒によってさまざまな選択肢があるということ。大学へ行きたければ、そのための勉強を。資格を取りたければ、それについての学習ができます」とアピールする廣川さん。また“ただ勉強を教える”ということよりも、生徒たちが卒業して社会に出たときに、自らが生きていくために必要なことを学んでほしいと考えながら生徒たちと日々向き合っています。
「学校に行けないことは、けっして悪いことではありません。問題なのは、なぜ行けないのかという原因です。その理由を解明し、原因の根本を解決しなくては、生徒たちの幸せな将来というものに結びついていきません」と廣川さん。多くの生徒たちが抱えるさまざまな問題に対応するためにも、第一高等学院のような学校はこれからも必要不可欠な存在でありたいと、廣川さんは訴えます。
「子供たちの幸せな将来のためにも、自身や家族だけで悩まずに、私たちと少しずつ問題を解決していきませんか」
(取材年月:2010年6月)