通院できない高齢者の口の中の健康をサポートする
介護保険制度を機に訪問歯科診療をスタート
「高齢になるとお医者さん通いが増えるといわれますが、医科に比べて、歯科の受診率は逆に下がるんです」とデータを見せながら説明してくださったのは、八木山南歯科副院長の川村恵子先生。
高齢者は口の中のトラブルが少ない?
「そうではないんです。高齢のため一人で通院できない方は、よほど痛みがない限り我慢してしまう傾向があります。また、本人もご家族も入れ歯だから口の中のケアをしなくていいと思っている方も多いんですよ」
八木山南歯科は、仙台市太白区鈎取に30年ほど前に開院。一般歯科診療のほか、現在、病院や福祉施設、在宅で介護を受けている方などを対象に訪問歯科診療を行なっています。きっかけは7年前。平成14年に介護保険制度が始まり、ケアマネージャーの資格を取得した川村先生は、(社)宮城県歯科医師会の依頼を受け県内各地のデイサービスで高齢者の歯科検診を行ないました。このとき、大変なショックを受けたといいます。「多くは自分で歩ける比較的元気な高齢者なのに、口の中の健康状態がびっくりするほど悪かったのです」
入れ歯が合わないために歯や歯茎が痛む、噛むたびにずれる。また本人が入れ歯をしていることを忘れ、周りも気がつかないため、何年も入れっぱなしで全く手入れをしていなかった…という例も。「食欲がないのは身体の具合が悪いのではなく、口の中の痛みのせいだったという方も少なくなかったんです」
生きる意欲につながる歯と口の機能
「食べること」は、高齢者の大きな楽しみのひとつ。生きる意欲にも繋がります。また、口の働きは、食べるだけでなく、話す、笑うなど他人とのコミュニケーションの大切な手段。痛みや不具合、臭い、見た目の悪さなどを気にして口を動かさないでいると、嚥下などの口の機能も衰えていくのだとか。例えば上手に「むせる」ことができなくなると、口の中のバイ菌が肺に入って肺炎を起こすなど体調不良を招くことにもなるのです。
「介護職の間では、口の機能を維持することの大切さが知られるようになってきましたが、一般にはまだあまり知られていないのが現状。ぜひ在宅で介護を受ける方とそのご家族に正しいケアを取り入れて欲しいと思って、訪問歯科診療に力を入れるようになりました」
訪問診療は規則により同歯科医院より半径16km以内のお宅に限りますが、患者さんのほとんどは75歳以上の方々。診療は、入れ歯が壊れた、合わなくなったなど入れ歯の調整や口腔ケアをすることが多いそうです。口腔ケアは、歯磨きのほかに食べ物の飲み込みや発音、呼吸に関わる舌、首やあごの筋肉の動きを改善、維持するための運動もします。
「一人暮らしの方などとは、診療よりおしゃべりの方が長かった、なんていうこともあります。おしゃべりは脳を活性化させます。大切なリハビリのひとつなんですね」
自分の歯で食べる幸せ。若い世代から口の健康に関心を
「寝たきりになっていた方にきちんとした入れ歯を作って差し上げたところ、ベットの上に起きられるようになったそうです。その後亡くなられてしまったのですが、ご家族の方から『元気が出て喜んでいる顔が見られてうれしかった』とお手紙を頂きました」
開院以来、地域の人々の歯の健康を見守り支え続けてきた川村先生。長いお付き合いの患者さんたちが高齢になり、さらにケアマネージャーとしてケアに携わることで見えてきたものが多いといいます。
「食べることは生きることなんです。歯がある幸せって本当にあると思います。自分の奥歯が残っていて奥歯でしっかり噛める人は、年齢に関係なく元気な人が多い。高齢でも手を借りず自分で階段を登ったり降りたりできる。踏ん張りが効くんでしょうね。口の周りの筋肉と脳は連動しているといわれているのですが、自分の歯で噛める人は痴呆の症状なども見られないことが多いんですよ」。
「若い世代から口の中の健康に関心を持って欲しい」と川村先生。自分の歯で噛むことができ、美しい口元の人ほど生活の質(QOL)が高いことを伝えたいと話します。取材後も愛車に診療機械を積み込み、颯爽と訪問診療に出かけられました。
(取材年月:2009年12月)